こころとからだの関係性(心身相関)

福岡のドクターオブカイロプラクティック(D.C.)のブログ。

コーチング領域

「価格マジック」???

familychiro 1 月 20th, 2012

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先日、東京でICC国際コーチングトレーニングを3日間開催しました。少人数でしたがとても有意義な時間を過ごすことができました。コーチ養成講座としては、比較的高価な研修費でしたのでその内容を提供する側も、それなりの準備をして、満足のいく研修になるように、今まで以上に意識も高くなりさらに勉学に励みました。

最初は、本部から提示された研修価格に対して、少し高すぎるのではないかと感じ、この価格で本当に覚悟を決めて来てくださる人がいるのか不安でした。でも、まずは自分自身がその価格に見合うだけの価値を作り出さなければならないという意識に変えて、さらに勉強を深めることができました。受講される方もおそらくその価格に見合うだけの内容を吸収しようと意識が高まっていたように感じます。

品質の内容や程度によって、その値打ちが決まるというのが一般的ですが、今回の経験で、その値打ち(価格)が、逆にその品質の内容を決める、あるいは高めるということを学んだような気がします。つまり、値下げをするのは簡単だけれども、それと比例して品質も下がる恐れがあるということ。一般的に安さだけを求める傾向がありますが、その裏には品質の高さ、低さが隠されているということです。

特に、売り手だけでなく、買い手もその価値を信じて買うという意識の高さもその価値を相乗的に高めるのだということを学びました。参加されている受講者は、決してお金にゆとりがあるから参加されたのではありません。いろいろな工面をして、将来の可能性に自己投資されているということが、意識の高さで伝わってきます価格によって学問の深さが測れるものではないのかもしれませんが、参加される方全員がそのような高い意識で望まれているため、トレーニング全体のクオリティーも必然的に高いものになっていました。

これは、ある意味では、「価格のマジック」なのかもしれませんが、世界共通のICCのコーチングトレーニングを日本国内で最初にスタートできたことに深く感謝し、さらにコーチングの学問を深めながら、実生活の活動や診療、コーチング、セミナーなどに役立てて、皆さまや社会に還元していくことができればと願っております。

「目標設定」と「流れに身を任せる」

familychiro 10 月 3rd, 2011

先日、健康教室の時間に、「目標設定すること」と、目標など設定せずに、「流れに身を任せる」という二通りの生き方について考えてみました。人生をより良くしたいという共通した目的を基準にすると、どちらの生き方にもそれぞれにメリットとデメリットがあり、人それぞれに様々な考え方があるようでした。

「目標設定」と「流れに身を任せる」という一見して対極的な方法論のようですが、どちらの方法が正しいとか正しくないとかではなく、どの手法を使えば、自分らしくより豊かに生きていくことができるのかということを考えてみることが大切だと思います。

そして、その手法は、二者択一的にどちらか一方を選択しなければならないという訳ではなく、その時々の人生の波や時代の流れに応じて両方の手法を使い分けることも必要なのかもしれません。

云うならば、「目標設定」を行いながら生きていく手法は、「論語」の教えに通じた生き方で、目標設定の過程において、様々な壁にぶつかりながら人は成長し、人間形成を営むことに価値をおいていると云えるでしょう。その一方で、「流れに身を任せる」生き方は、老子・荘子の「老荘思想」に通じて、「ありのままを受けいれる」ような生き方といえるかもしれません。

「論語」と「老子」の幅広く深い教えの中で、類似した教えがあります。「過ぎたるは及ばざるが如し」という孔子の教えと、「足るを知る者は富む」という老子の教えです。どちらの教えも「充足感」の上手な感じ方に気づかせるような言葉ですが、論語的な「目標設定」も老子的な「流れに身を任せる」という生き方も共通して大切なのは「充実感」や「充足感」なのかもしれません。

自分らしくより豊かに生きる基準は、人それぞれの価値観によっても様々です。ある人は、経済的に豊かになること、あるいは、社会的な地位を確立することで人生の豊かさを感じるかもしれません。その一方で、お金、地位、名誉に関わらず、自分の好きな仕事に打ち込んで、日々の「充足感」を感じることで、人生の豊かさを感じるかもしれません。それは、時代の流れと共に人々の価値観が変化するように、「豊かさ」や「充足感」に対する価値観も成長に伴って変化するのでしょう。

書店では「成功」のための指南書として様々な自己啓発本が販売されています。どのように目標設定すれば、自分の欲しいモノが早く手に入るのかを解説しています。それは、問題を解決するために役立つかもしれませんし、さらなる理想に挑戦することに役立つかもしれません。しかし、「流れに身を任せる」という生き方を選択した人にとっては、あまり意味のない書物なのかもしれません。

ファミリーカイロでは、身体的な症状や、メンタル的な症状の改善のために多くの人にご利用いただいております。数年前より、コーチングの導入によって、症状や問題の解決というよりも、さらなる「理想」や「可能性」に挑戦するためにご利用して下さる方もだんだんと増えてきました。

多くの場合、最初は、症状やメンタル的な改善のための施術を行いますが、施術の過程において、直感的にこのクライアントさんは、現在の身体的、あるいはメンタル的な症状に焦点をあてるよりも、未来の目標設定をされた方が、日常の充実感や満足度が高まり、その結果として慢性的な症状や問題も改善するだろうと感じることがあります。

そのような場合には、クライアントさんへ、コーチングの提案して、もしも、その提案を快くクライアントさんが選択し、受けていただくことができると、より良い方向へと向かうことが多々あります。そして、最初に訴えていた症状や問題は枝葉に過ぎなかったということが、コーチングを受けた後に明らかになってくることが多いようです。

目標を言葉に出さなくても、無意識的に向かうべき目標を目指して淡々と生きている人もいます。その一方で、明確な目標はあるが、もう一人の自分がブレーキを掛けて、身体的にもメンタル的にも様々な症状を引き起こしている人もいます。

もしも、現在の自分に満足できていない場合、あるいは、原因不明の身体的な症状がある場合、頭で考えている自分と身体で感じている潜在的な自分との不一致が疑われます。その場合は、本当に自分はどこへ向かっていきたいのかを整理して、もう一人の自分と対話をし、お互いが納得できる方向へと軌道修正することが必要です。そのよう場合はコーチングがとても役立ちます。

コーチングは、日本では、まだまだスポーツコーチのイメージが強く、厳しく指導されるのではないかという印象があるようです。しかし、コーチングは、現在の状況を整理し、クライアントさんが本当に向かいたい方向を二人三脚で探し、それを支援する役割を担いいます。

よって、コーチは提案をすることがあっても、指導するという立場は取りません。また、その提案も選択するのはクライアントさんで、クライアントさんが自分の意志で選択し、自分が選んだ選択に伴う行動や結果に責任を持つことがとても重要になります。

コーチングは、クライアントさんが何を改善したい、あるいはどのような理想に近づきたいという希望がなければ始まりませんが、その目標設定の過程で、時の変化に上手に適応するために「流れに身を任せる」ことも、重要な考え方の一つになることも多々あります。

「目標設定」も「流れに身を任せる」という生き方も、どちらも大切な方法論ですが、もしも、人間が、何かの役に立つために生まれ、そのために成長する使命があるという前提にたてば、ゴールを決めて歩んでいくことは、人生での「豊かさ」や「充足感」を得るためには大切なことなのかもしれません。私は、今はそのように感じていますが、時代の流れや年齢とともにその考え方も変わるのかもしれません。

「想像力」は豊かさの源泉

familychiro 6 月 3rd, 2011

治癒することが困難な症状を長い間経験すると、その症状や病気を治すことが人生の目標や目的になることがある。そして、それを治すことに専念するために、仕事を辞め、周囲からも「頑張れ!」と応援され、病気を治すことが人生の生きがいかのようなシナリオができてくる。

そのような負のサイクル、あるいはパターンに入っているかどうかを判断する場合、「その症状や病気が治った後、何をしていますか?」というような質問をするとある程度推測できる。

その質問に対して、明確な答えが出てこない場合の多くは、もしも、病気が完治した場合、今まで病気を治すために歩んできた道のりが閉ざされることになる。そして、病気が完治した時点で、あたかも生きている目的がなくなってしまったかのように錯覚をしてしまうのである。

今までは、病気を治そうとする目的で、自分自身の存在価値を維持していた状態から、病気が治ることで目的喪失状態になり、存在価値までもなくなったかのように錯覚をしてしまうのである。

そのようなパターンにハマっている患者さんは、病気が治ったら好きなことをしたいという漠然としたイメージはあるものの、実際に「何をしますか?」という質問に対して答えられないことが多い。

生きることが精いっぱいだった戦後の混乱期とは異なり、普通に生活して生きていける時代では、人生の目的喪失は大きな問題である。

人生の目的がないと生きていけないわけではないが、人生の質を高めるためには、未来に夢や希望を抱いて、規模の大小にかかわらず、身近な人や社会に役立つことを目的にした方が、人間としての価値を感じ、明るい未来が開けるのではなかろうか?

未来に希望がないということは、例えていうならば、暗闇の中をさまよっているようなもので、不安が募るばかりだろう。目的とは、その暗闇にスポットライトを当てて、道をつくるようなもので、安心して一歩一歩歩いていくことができる。

「ガン」や「難病と指定された病気」などの宣告を受けると、「一生を病気のために戦う」といったパターンにハマってしまい、治る病気も治らないという負のサイクルから抜け出せないケースが多いように感じる。

そのような患者さんの場合、「病気が治ってから、次の目的を考える」という思考パターンが多いので、あえて、「病気が治ったという前提で、その後には何をしていますか?」という質問をさせていただく。

闘病生活のパターンにハマっている多くの患者さんは、その質問にすぐに答えることが難しく、答えられても抽象的な答えが多く、具体的な行動に結びついていないケースがほとんどである。すなわち、闘病生活自体が人生の目標になって、負のサイクルを繰り返しているのである。

一方、例え難病の診断を受けた患者さんでも、具体的な行動に結びついた未来のビジョンが描ける患者さんは、その難病を克服したかのように経過が良好で未来が明るい。

未来を想像することには、実質的には何も失うものはなく、想像力をフルに活用していただければ良いのだが、闘病生活の負のサイクルにハマってしまっている患者さんにとって、具体的な行動に結びついた明るいビジョンを描くのはとても困難な場合がある。

その場合、明るい未来のビジョンを描くためのコーチング的なサポートが効果的である。しかし、それも患者さんが望まなければ、こちらの一方的な押し付けになり、効果は得られない。よって、そのようなコーチング的なサポートができるという情報を提供して、後は患者さんから求められることを待つしかない。

さらに、コーチングの基本条件として、患者さんが望む「理想」がなければ始まらない。それも「病気を治す」や「症状を無くす」、あるいは「問題を解決する」という理想では負のサイクルから抜け出せない場合が多い。つまり、病気や症状、あるいは問題が解決した後、何をしているかという負のサイクルを抜け出した後の時点での理想である。

アインシュタインは「想像力は知識よりも大切である」というメッセージを残した。この意味は、知識が想像力よりも劣るとか役に立たないとかいう問題を指摘しているわけではないだろう。想像力を作り出すためには知識がないと創りだせないのも事実である。

アインシュタインほどの天才が、知識を最高レベルに高めても、知識には限界があり、それを超えるためには、知識ではなく「想像力」が大切であるということを言っているのだと思う。

自分の人生を決める「想像力」を高めるためにはどうしたらよいのだろうか?まずは、上記のように「知識力」や「情報力」を高めることが必要だろう。ただ、知識や記憶力が高い、いわゆる頭が良いタイプの人は、情報量は豊富だが、今の時代、そのような情報はパソコンで検索すればすぐに引き出せるし、誰かの受け売り情報である場合は、あまり魅力を感じない。

それよりも、幅広い知識や情報を持ち備えているわけではないが、突然、思いもよらない発想をする人は魅力があり、その人の「発想力」や「想像力」によって引き寄せられる感じがする。そのような人は時折、情報不足や知識不足だったりして、ピントがずれている感じがする場合もあるが、やはり頼もしい。

「想像力」は、人生の質を高め、こころを豊かにする源泉になるようだ。

痩せたいのに痩せられない。「なぜ?なぜ?なぜ?」

familychiro 12 月 25th, 2010

食事制限、運動、様々なことにチャレンジしても痩せない・・・それはなぜだろうか?

多くの人は、自分の意識を自分でコントロールできているかのように思いがちだが、脳科学的に云うと、私たちの行動や思考パターンは無意識の自分にほとんどコントロールされているという。

30年以上前に、ハーバード大卒の教育者でテニスの専門家のティモシー・ガルウェイが、「インナーゲーム」という「二人の自分」という視点にたったコーチング技法を生み出した。

インナーゲームは、自分自身の自分(自我)と、自身(肉体、本能)の存在を認め、受け入れることからスタートする。

そして、自我の部分をセルフ1、本能の部分をセルフ2と名付けた。これは、スポーツ選手の心身のメカニズムを上手に説明しいる。

ティモシー・ガルウェイの言葉をかりて、脳科学的に意識と無意識の分類をすると、大脳皮質領域の意識、理性レベルの脳をセルフ1、そして、大脳辺縁系や脳幹領域の無意識、感性レベルの脳をセルフ2として表現できるだろう。

スポーツのパフォーマンスに限らず、健康やビジネスの世界においても、このセルフ1とセルフ2の存在認め、そして、それらを受け入れることは、心身のバランスを保つ上でとても重要になる。

これは、もう一人の存在、すなわち本能的に感じているセルフ2の存在を認めることが前提で話を進めなくてはならない。

もしも、意識の自分、理性的な自分であるセルフ1と、無意識の自分、本能的な自分であるセルフ2の二人の自分の存在を認め、信じることができなければ、この深い話は理解し難いだろう。

さて、先ほどの「なぜ、痩せないのか?」という本題に話しを戻そう。ここでは、表面的なダイエット方法ではなく、深層心理的に考えて、もう一人の自分(セルフ2)の何が制限させているのだろうか?というところから紐解く必要があるだろう。

このような事例で、関連しやすい情動としては、「信念」などが関連しいることも少なくはない。

「信念」とは、親、メンター、本などの教義的な教えなどから、自分が正しいと信じているような内容で、それがあたかも真理であるかのように思いこんでいる場合が多いようだ。

今回、ダイエットで悩んでおられた患者さんの事例をご紹介させていただく。それは、表面的なものではなく、奥深い「信念」に関係するような思い込み的内容だった。

簡単に言うと、現在の太っている「本音的な気が楽な自分」から、過去の痩せていた「建て前的な自分」へ戻ることに抵抗を感じているセルフ2がいるということ。

さらに、痩せている自分に戻ってしまうと、現在の心地よい気楽な友人関係も失うような錯覚をしていたということだった。

痩せていた時の友人関係を振り返ると、太っていた時の友人関係よりも少し無理をしていた自分が見えてきたらしく、少し太っている自分の方が、無理なくありのままの自分をだしているとのことで、痩せていた時の自分に戻ることで、太っている今の自分のアイデンティティ的なものを失うような錯覚をしているということが明確になった。

痩せることで、自分の容姿が変わり、服装も変わる。そして、本来は、性格までも変える必要がないのに、セルフ2はそれを恐れているのかもしれない。

そのようなことが分かった後は、色々な意味で自分を守ってくれているセルフ2に感謝することが大切だ。
解決策は、そのことをしっかりと認識した後からでも湧き上がってくるだろう。
これは、ほんの一例であるが、痩せたいけども痩せられないという原因が、このような奥深い深層心理に隠れていることも少なくはないだろう。

「お陰さまで、全国大会で準優勝しました。」

familychiro 11 月 27th, 2010

tkeiko-silver.jpg週末に行われた全日本シニアバトミントン大会の45歳以上の女子シングルスの部に出場。準優勝されたとのことで、わざわざ賞状とメダルを持ってきていただき、一緒に写真も撮らせていただいた。

大会前に来院されたときに、膝と腰痛の治療と、試合に対するコーチングを受けられた。その時に気づかれたことが良かったようで、とても喜んでいただいた。

一般的に本番の試合となると、普段の練習の時よりも緊張する傾向がある。多くの場合、メンタル的に「勝ち」を意識し過ぎて、身体に緊張が生じ、バランスが悪くなり、自分の実力が発揮できなることが多い。

勝負の世界で「勝つ」という意識は当然の意識であるが、その意識の持ち方次第で、心身のパターンに影響を与え、本来の実力が発揮できなることも少なくはない。

前回の検査でも接戦になった時に「勝ちに行く」というスイッチが入って、そのスイッチが緊張につながることに気づかれていた。

試合に対する心構えで、勝ちを意識して試合に臨むと「緊張パターン」になるので、それ以外にどのような意識付けが身体をリラックス状態になるかを検査してみた。

最初にイメージされたのは「試合を楽しむ」とのことだったが、それは自分には合わないらしく、検査では「緊張パターン」になっていた。次のイメージによる検査では「リラックスパターン」になっていたので、どんなイメージでしたかと尋ねると「チャレンジするような・・・」、つまり、「挑戦者」として試合に臨むイメージだったのとこと。

この「挑戦者」というイメージは、比較的「リラックスパターン」になりやすい選手が多いようだ。特に優勝したり、周囲から勝って当然と思われたり選手するような対戦では、「守り」の潜在意識が働いて、「挑戦者」という初心に戻ることが難しくなるようだ。

前回のコーチングワークでは、試合に対するメンタルパターンの気づきが深かったようで、今回のような全国大会では、観客も多く、プレッシャーを受けやすい傾向になる。しかし、今回の大会ではメンタル的な影響はほとんどなく、実力を発揮された様子だった。

今後、バトミントン選手、指導者、母親、妻など様々な役割をバランスよく保ちながら、今回の気づきを活かされて、様々な分野で活躍されているように思う。

喜びを分けていただきありがとうございます。スタッフ一同で喜んでいます。

隠れた「自虐」によるアンバランスパターン

familychiro 10 月 21st, 2010

最近、感情チャートを取り入れて、客観的に検査を行っていると、「自虐」というキーワードで反応を示す患者さんが、案外多いということが見えてきました。そして、その「自虐」のパターンをしっかりと認識することで、症状の改善や人間関係もうまくいくという効果が得られています。

今まで施術させていただいた患者さんの中で、この「自虐」のパターンが根底にあったからこそ、身体的のみならず、メンタル的な症状の改善が長引いたのだという因果的関係性の線と線が繋がったように感じています。

「自虐」という意味を辞書で調べてみると、「自分で自分を痛めつけること」と説明されています。自虐は、大きく分けると肉体的な自虐と精神的な自虐に分けることができると思います。

肉体的な自虐の最終的な行為は自殺かもしれません。その手前の段階では、リストカットなどの自殺行為も肉体への自虐的行為でしょう。このような行為は分かりやすい自虐ですが、メンタル的な自虐パターンは、自分自身では認識し難いところがあり、よくよく自分の思考パターンを客観的に振り返ってみると、なるほど、そのような一面はあるというような認識に繋がります。

このメンタル的な自虐の思考パターンは、潜在的であるがゆえに、自己矛盾が生じやすいという特長があります。また、「自虐」は、「反省」に類似したところがあり、自己反省が過ぎてしまって、自己を批判することから自己を責めることへと進展して自虐的になるというパターンもあるようです。

この自虐のパターンを認識すると、メンタル的にも肉体的にも楽になるのに、この楽になること自体を自虐のパターンが嫌うので厄介なのです。

「自虐」とは、料理に例えるならば、スパイスのようなもので、スパイス(刺激)のない味付けに満足できないのと同じで、危険を冒しても挑戦する冒険家達は、その人生のスパイス(自虐)を求めて、挑戦しているのかもしれません。

潜在的な「自虐」のパターンの例でこんな例がありました。Aさんは、いつも連絡事項の返事の約束を守らない友人との関係に、いつもイライラ感を募らせていました。

Aさんは、連絡事項などの約束事は、きっちりするタイプで、他人にもそのことを要求してしまい、相手にその行動が伴わないと、気持ちをコントロールしようと思いながらも、ついイライラしてしまいます。

そのような友人との関係を断ち切れば楽になるし、断ち切ったからといって、失うものはそれほど大きなものではないのに、なぜかそのような友人との交際を継続してしまう自分がいるとのことです。相手から連絡が来ないと、自分の存在価値がないのではないかとネガティブに考えてしまう自分もいるようです。

自分がなぜイライラしているのか、その背景は理解していましたが、なぜか同じパターンを繰り返していました。なぜ、そのパターンを繰り返すのかというテーマで、原因を調べてみると、この繰り返されるパターンの奥に、「自虐」が隠れていたようです。

このような潜在的な自虐は認識し難い面もあります。一般的にイライラ感の原因は、他者にあると決めつけてしまう傾向にありますが、「実は、自分自身が、人生のスパイスを求めているため、あえて自分をイライラする立場や非難される環境に置いている」ということを今までの自分の行動パターンや思考パターンに照らし合わせて、客観的に認識すると、症状やメンタル面への影響はかなり少なくなってくるようです。

この「自虐」のパターンは、自分自身の大切な個性であるため、それを無くしてしまうと、幸福感も薄れてしまう恐れもあり、人生の程よいスパイスになっているようです。よって、「自虐」自体を無くしたり、変えたりすることには、かなりの抵抗があるので、せめて身体やメンタル面がアンバランスにならないように、奥にいるもう一人の自分が、好んで自虐的環境を求めているということを認めてあげることが大切なのかもしれません。

ピーク型(短期的)緊張パターンから波型(長期的)リラックスパターンへ

familychiro 9 月 7th, 2010

最近、肯定的感情が絡んだ「緊張パターン」を検査するようになってから、「喜び」、「高揚」、「楽しみ」、「愛情」、「安心」、「安全」、「自由」などの感情が高まり過ぎて、身体やメンタル面の症状に影響を及ぼしている患者さんを診ることができるようになりました。感情チャートによる診方の幅が広がったことで、治療効果もさらに上がったように感じます。

一般的に、ネガティブな感情が「ストレス」になるという常識がありますが、たとえ肯定的な感情であっても自律神経系の交感神経系や副交感神経系がアンバランス状態になり、身体に影響を及ぼす「ストレス」になるという事実がよく分かってきました。

では、ストレスの原因となる「緊張パターン」を「リラックスパターン」に切り替えるにはどのようにすればよいのでしょうか?当初は、その肯定的な感情を八分目ぐらいに抑えるという感じ方で施術を行っていました。その手法でも症状の改善は得られますが、肯定的な感情を下げるということ自体が不自然な感じで、違和感がある患者さんもいましたので、何かよい方法はないかと試行錯誤し、何度も検証を重ねてきました。

そして、その結果から理想的なパターンが見えてきました。それは、ピーク型(短期的)緊張パターンから波型(長期的)リラックスパターンへと切り替える手法です。例えば、肯定的感情のキーワードである「楽しみ」で反応が示された場合、一時的に感情が高まり過ぎている場合が多いようです。

その場合、長期的にその「楽しみ」が、山あり谷ありのように繰り返されるイメージに切り替えてもらいます。すると、原因パターンとなる肯定的感情を抑えたり、下げたりせずに、「緊張パターン」を「リラックスパターン」へと切り替えることができるということが分かってきました。

やはり、何事も、機械的な直線型、一点集中型ではなく、有機的な波型、循環型の思考パターンの方が脳にとっては受け入れやすく、健全なバランスパターンを創りやすいようです。

論語の中の有名な言葉で、「過ぎたるは及ばざるが如し」という箇所がありますが、喜び過ぎて、短期、集中型でハイテンションになり過ぎると、たとえ肯定的な感情であっても、身体バランスを損ねる原因になるということが、ニューロパターンセラピーの臨床現場では良く分かります。

この「過ぎたるは及ばざるが如し」は、様々な解釈があると思います。受け止め方によっては、意欲的に頑張り過ぎるのも良くないかのように聞こえるでしょう。だから、少しぐらいは手を抜いたほうが良いと、都合よく受け止められがちです。

実際に、意欲的に頑張り過ぎて、「緊張パターン」を示す患者さんも少なくはありません。その場合、頑張る度合いを下げるというよりも、「遊び」や「ゆとり」のある感覚に切り替えてもらうようにアドバイスさせてもらいます。例えば、普通の乗用車のハンドルと、レーシングカーのハンドルとでは、ハンドルの遊び部分の感覚がかなり異なります。

レーシングカーは、乗用車に比べて遊びの部分がほとんどありません。よって、少しのハンドル操作で大きな影響を与えます。もしも、レーシングカーで公道を長距離走ると、神経が過敏になり過ぎて疲れるのではないでしょうか?それに比べ、乗用車は遊びの部分が多く、多少のミスは修正できるので、長距離を走っていても、疲れにくいという効果があるでしょう。このように多少の遊び感覚を残した努力は、長期的にバランスを維持しやすいといえます。

「過ぎたるは及ばざるが如し」という意味は、努力することや、頑張る意欲をほどほどに下げるという意味ではなく、遊びの部分、ゆとりの部分を残しつつ、最大限に努力し、頑張るという意味のことではないでしょうか。

人は、生きている以上、自分の能力よりも少しハードルを高くして、挑戦し、努力し続けることに価値が生まれるのではないかと思います。人間という生き物は、「甘え」の構造が備えられており、油断をすると、「甘え」のパターンに入り、ぬるま湯につかった状態になり、頭も身体も使わなくなって、知らず知らずのうちに、不健康な状態に陥ってしまいがちです。

一時的なピーク型ではなく、循環的な波型で、遊び感覚を保ちながら、挑戦し続ける姿勢こそが、「過ぎたるは及ばざるが如し」をバランスよく実践することではないでしょうか?そして、そのバランス感覚こそが、メンタル的にも身体的にも健康を維持する最大の秘訣になるかもしれません。

サッカー少年へのコーチングケア

familychiro 9 月 2nd, 2010

少年サッカークラブで活躍していた男の子が、やる気が無くなったとのことで来院。
原因を尋ねてみると、試合中に監督からある指示(命令)を受けたことがきっかけだったとのこと。

監督との信頼関係も低くなっているようで、このままサッカーを継続していく気力もない様子。

気力がなくなる原因パターンの質問をしていくと、監督を100%信頼しないといけない。監督の指示通りに行動しないといけない。でも監督の指示には納得ができない。などの矛盾が絡んでいた。

監督から納得のいかない指示を受けたことが、今回の引き金になった様子だが、以前から自分の考える理想のサッカーと監督の考えるサッカーに矛盾があった様子。誠実さを感じさせる素直な少年なので、監督の指示には逆らえないということに悩んでいたようだ。

そこで、「サッカーをこれからも続けるために、100%監督を信頼しなければサッカーが継続できないのですか?」という質問をすると。

「いや、そうではない。」という。

「では、何パーセントぐらい監督さんを信頼すれば、サッカーを今まで通り続けられますか?」と質問すると。

「50%位・・・」とう答えが返ってきた。

「監督を50%信頼するようにすれば、のびのびとサッカーができるようになりますか?」と尋ねると。

何かすっきりした感じで、「・・・できる。」という。

その他にも、将来のことや勉強にことも絡んでおり、コーチング的にプラスのパターンへと導いた。

その後、3週間後に来院され、前回の施術からは、調子が良くなり、試合でも活躍できたとのことだった。

このような、悪循環のパターンを繰り返して、自分の実力が発揮できなくなっている子供たちは多いだろう。

このような場合、単に、指導者の価値観で、「・・・しなさい。」とうい指導や指示だけでは解決しない。

子ども自身が持っている価値観を大切にしながら、自分でその抜け道を見つけ出すように、今まで考えたことのない思考を引き出す価値ある「質問」をしてあげることが大切である。

「答えはすべて子供自信が持っており、指導者の答えを与えるのではない」という基本姿勢が大切だろう。

しかし、低学年では、答えを与えることが必要な場合もある。その場合はいくつかの答えの中から、自分で考えて選択させるということもが大切だろう。

何かうまくいかなければ、未知なる領域に「質問」をして、今まで使っていない脳を活性化させ、新たな答えを導き出す。これがコーチングの基本である。

頭痛とモヤモヤ感

familychiro 8 月 24th, 2010

昨日、お友達と会った後に、何かモヤモヤした感じで頭痛の症状があるという。思い当たる原因を尋ねると、ご自分なりに、「敗北感」、「嫉妬感」などのキーワードを出され、検査をしてみると、その反応が示された。

少し事情をお聞きしてみると、随分前からのお友達で、そのお友達とはいい意味でのライバル意識がお互いにあるという。数多いお友達の中でもそのお友達に会ったときだけ、なぜかそのようなモヤモヤした気持ちになりやすいという。

モヤモヤした気持ちの背景には、いつも優位に立ちたいという「もう一人の自分」が隠れていたようで、そのことを認め、さらに「負け」を認めることで、自分の成長や学びにつなげるパターンにすると、モヤモヤ感は解放された様子だった。

この患者さんは、経営者の方で、経営の勉強や、メンタル的な勉強もかなり深くされているようで、このような理屈は頭では良く理解されていた。しかし、それを実際の日常生活の中でどのように使ってよいのかの「実践」が欠けていたということが明確になり、その「気づき」を深く味わっていた。

本や研修などで、マイナス思考をプラス思考に変えるということは、理屈的には良く理解されていても、実際の生活の中で生かされていなければ、「絵空事」で終わってしまう。

本や研修で学んだこと「理論」と「実践」とが結びついてとても勉強になると喜んでいただいた。

試合直前の遠隔治療

familychiro 8 月 22nd, 2010

先日、バトミントンの試合前に、腹痛の症状があるとのことで中学生の男子が電話で連絡。団体戦は優勝して、次はシングル戦が控えているとのことで、試合会場から連絡してくれた。

電話を通じて、遠隔的に検査をしてみると、『身体感覚情報』:静的姿勢=座位→『意欲』:頑張る、というパターンが症状に関連していた。その「緊張パターン」を「いつもの練習通りにしていれば大丈夫」という「リラックスパターン」に切り替えると、症状に関連する原因パターンは消失した。

その後、腹部を自分で圧してもらって、痛みがないかどうか尋ねると、善くなったという。この腹痛は、数週間前にも生じており、電話による遠隔治療で診てみると、その時の原因パターンも『意欲』が絡んでおり、中学生の練習に、社会人選手の人達が参加してくれていたとのことで、少し張り切り気味だった様子。それをいつものペースに戻すと「緊張パターン」が解消され、その後は腹痛が治まっていた。

腹痛以外に何か気になることはないか尋ねてみると、いつものように次の試合で何かストレスになっていないかどうかを診てほしいとのこと。予想される対戦相手を一人、一人イメージしてもらうと。3人目の相手に反応を示す。

潜在的な原因感情を検査してみると、『恥辱』というキーワードが示された。その相手の選手に負けると恥ずかしなどの潜在感情はないかどうかを尋ねてみると。「あ~、あると思います。」という。では、それを自分なりにプラスにイメージに切り替える。

この選手は、小学校の1年生の時から診させていただいており、今では全国でトップクラスを争う実力のある選手。周囲からも注目されており、そのような感情が無意識的に生じても不思議ではない。トップクラスになればなるほど、そのような潜在的感情のコントロールが大切なる。

今は遠方に居るので、冬休みか夏休みの数日間だけ、福岡に来院してくれている。しかしながら、体調不良やメンタル的な違和感があれば、気軽に電話を掛けてくれる。小学1年生のときから、このような本質的な施術を受けてきているので、信頼関係も深く、施術の価値も良く理解してくれており、どのようにこの施術を利用すればよいのかもしっかり把握してくれている。

だから、今回の遠隔治療も5分間位で終わった。これも、継続的に信頼して下さっているご両親のサポートがあってのことで、このような治療を始めて受ける人に対しては、このようにトントン拍子で施術がうまくいくというわけではない。

しかし、いつかはこのような本質的な施術法が当たり前になる時代が来るだろう。身体だけのケアも大切だが、それ以上に心と身体をつなぐ潜在的な感情パターンのケアがもっと大切だということを多くのスポーツ関係の指導者に知っていただきたい。

そのような指導者のもとで練習をするか否かでは、潜在的な可能性を秘めた子供のパフォーマンスに多大な影響を与えるだろう。

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