「恋愛観」と「結婚観」
familychiro 5 月 26th, 2010
最近、ある症状に絡んだアンバランスパターン(緊張パターン)を検査していると、自己否定から評価、そして、恋愛観や結婚観に関連する価値観に行き着いた。
恋愛観や結婚観に関してもとても大切な「気づき」になったのでご紹介したい。
「あなたは何のために恋愛しますか?」、あるいは「何のために恋愛をしていますか?」、または「あなたは何のために結婚しますか?」あるいは、「何のために結婚しましたか?」という質問に対して、あなたはどのように答えるでしょうか?
その患者さんは、「自分自身を認めてもらうために・・・」「包容力で包み込んでもらうため・・・」というように答えていた。しかし、神経反射検査ではアンバランスな反応が示されていた。つまり、自己矛盾があるのでしっくりこない状態。
他に何かしっくりくる回答は無いかどうかを尋ねてみると、患者さんから助言を求められたので、あえて感想と意見を言わせてもらった。
「『恋愛』や『結婚』によって何かを『得たい』というように聞こえましたがどうですか?」
その感想にすぐに気付かれたようで、笑いながら、そうですね・・・「得る」ものばかりを求めていますね・・・
恐らく、お互いに「得る」ことばかりを期待して、恋愛や結婚をすると、その期待に反してしまえば恐らくうまくいかないだろう。また、最初はその期待に相手が答えてくれたとしても、そのことに慣れてしまうと、そのことが当たり前になってしまい、「有難い」とか「感謝」ということを忘れてしまうのが人間の弱点でもある。
また、最初は相手に満足してもらうために、お互いに相手の期待の沿うような行動をとる傾向にあるが、「得る」ことばかりが優先し過ぎると、損得勘定がうまくかみ合わなくなり関係性が悪くなるとう例も少なくはないだろう。
恋愛や結婚の基本は、何かを互いに「与え合う」いうことが前提条件にないと、互いが何かを「得る」ということばかりが優先し過ぎると破綻してしまうだろう。
恋愛や結婚が末永くうまくいく例は、見返りを求めず、互いに「与え合う」ことに喜びを感じられるカップルではないだろうか?
「与える」ということは、モノやお金がなくても、言葉や笑顔でも与えることができる誰にでもできる行為である。
その患者さんは笑いながら、「マザーテレサ」のようにならなくてはならないですね・・・といっていたが、マザーテレサにとって「与えること」自体が最大の喜びだと思う。
人間は、本来、「与えること」に喜びを感じる生き物である。そして、その「与えること」で直接相手から「見返りを得る」というスイッチではなく、自分が活かされるという「天からの見返りを得る」というようなスイッチを入れることで、好循環を生み出すことができるのではなかろうか?
「無償の愛」という言葉があるが、無償とまで言わなくても、与え続けることで天からの見返りは、求めてもいいような気がする・・・
「無償の愛」ということに、軸足を置いて生きていくことの方が、楽に、豊かに生きていけるということが、頭では理解できても実際にどのような行動をすればよいのだろうかとうことは、それぞれに異なるだろう。
まずは、いつもそばにいる身近な人から与える習慣を身につけていくことが大切だろう。
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