familychiro 11 月 24th, 2009

先日、ミーティングで「陰徳」について、スタッフで話し合ってみました。
陰徳を積む会社という社訓を掲げながらも、なかなか実践実行できていない自分たちの反省も込めて、一歩踏み込んで考えてみました。
「陰徳あれば必ず陽報あり」とう言葉がありますが、人生の幸、不幸を決定づけるには、目には見えない「徳」の力が作用しているといわれています。「徳」をどれだけ貯金できるかで、人生の幸、不幸が決定づけられるといっても過言ではないかもしれません。
また、人生を永く、よりよく豊かに生きている賢人は、口をそろえて徳積みの大切さを強調しているように感じます。
「徳」という意味を辞書で調べてみると、
広辞苑では、
道をさとった立派な行為。善い行いをする性格。
大辞林では、
修養によって得た、自らを高め、他を感化する精神的能力。
そして、「陰徳」という意味を調べてみると、
広辞苑では、
人に知れないように施す恩徳。
大辞林では、
世間に知られないよいおこない。
「陰徳」の対義語に「陽徳」があります。「陽徳」の意味を調べてみると、
広辞苑では、
世間によく知られるようになる徳行。
大辞林では、
人に知られるようあらわに行う徳行。
「陰徳」とは「日常生活の現場で、世のため人のためになることを、自分の評価にかかわらず施すこと、与えること」になるのでしょうか?
ボランティア活動なども分かりやすい徳積みですが、そのボランティア活動の中にも「陰徳」と「陽徳」があり、人知れずこつこつと世のため人のために行うボランティア活動は「陰徳」になり、もしも、その活動によって何らかの評価や表彰が得られるのであればそれは「陽徳」になりますね。
「陽徳」も大切ですが、「陰徳」を天に貯金すればするほど、運気が良くなるといわれています。徳の内容にもよりますが、陽徳が30点だとしたら、陰徳はその倍の60点ぐらいの貯蓄になるのかもしれません。
陰徳とは、世間に知られないよい行いのことですが、例えば、トイレ掃除など比較的に人が嫌がる仕事を率先して行っている人がいるとします。もしも、その人が「あそこのトイレも私がきれいにしました。あそこの公衆トイレも掃除しました。」といって人に評価してもらいたくて公言し、実際に他人から「それは素晴らしいことですね」と、評価をいただいたとします。さて、この人の陰徳の貯金はどうなるでしょうか?
例えば、トイレ掃除の徳の評価点が60点だとして、もしも、人知れず、誰にも評価されないで、喜んでトイレ掃除を行っていたとしたら、その人は確実に60点の徳の貯金ができて、運気が貯まるということになるのでしょう。しかし、もしも、トイレ掃除をしたことで他人に評価されたとすると、評価されたことでマイナス30点が差し引かれ、徳の貯金は30点ということになるわけですね。
陰徳は、単に行動だけで得られるものではないようです。
仏語に「身・口・意」(しんくい)という言葉があるように、「身」=行動で表す、「口」=言葉で表す、「意」=心で表すというように、徳の積み方には色々あります。
例えば、笑顔一つにしても「身」=行動で表す徳積みでしょう。「口」=言葉で徳を積むには、何気なく人に励ましの言葉をかけたり、いたわりの言葉をかけたり、喜びの言葉をかけたりすること。時には、相手のために愛情込めて叱る、お説教をすることも徳を積むことになるかもしれません。「意」=心で徳を積むには誰かのために、家族のために、ご先祖のために、社会のために、人類のために祈るということ。そして、何事に対しても喜べる心、感謝できる心を持つということでしょう。
「徳」は天への貯金ですから、不平や不満を心で思ったり、言葉で発したりすると、今まで貯めてきた徳の貯金は差し引かれて減ってしまうという訳ですね。徳の貯金が、実際の数字でわかるというわけではないのでどれくらい貯蓄できているのか分からないのは当然ですが、まだまだ徳積みは足りないという謙虚さが大切なのかもしれません。
論語の中で、「温・良・恭・倹・譲」という言葉があり、孔子の人柄と、ものごしを五つの言葉(五徳)で表したとされます。温=おだやかさ、良=すなおさ、恭=うやうやしさ、倹=つつましさ、譲=ひかえめ、という五つの徳を備えたお人柄で、徳が身についていれば、自然にそのような振る舞いになるということなのでしょう。
人間は、ついつい怠惰になり、さまざまな欲望に弱い生き物です。徳の貯金どころか負債を抱える傾向が強いのかもしれません。また、このような徳の知恵を頭で理解していても、日常の実生活の中で実践しなければ意味がありません。徳を積むチャンスは、皆平等に与えられているはずです。徳を積むチャンスを逃さず、ご自身のために、実生活の中で徳積みに励みましょう。
「徳」とはどれだけ、見返りを顧みずに何かを与えることができるかだと思います。徳積みの目的は、究極的には自分のためですが、徳積みに軸足を置くことで、世のため人のためになることが自分のためになるという「正の循環」ができるわけですね。
人はいつ何時、不運や不幸に苛まれるかはだれも予測できません。そのような災難に遭遇しないためにも「陰徳」による徳の貯金で自分の運気を高める努力をしておきましょう。