頑張る=自己犠牲???
familychiro 10 月 2nd, 2008
先日、頸部の痛みの症状をもつ患者さんの「緊張パターン」の原因を分析していると、職場の人たちが「頑張っている」ということが「緊張パターン」になっていた。
「頑張る」ということ自体は、前向きな言葉であるし、意識的にもストレスを感じていないのにどうして、身体は「緊張パターン」になるのか?
ご本人もなぜ身体が緊張しているのか分からない。その「緊張パターン」を分析するのに少し時間を要したが、前回からの「緊張パターン」の傾向から、「自己犠牲」という負の感情パターンが背景に隠されていることが分かった。
「頑張る」ということ自体が前向きな言葉なので、そこに負の思考パターンがあるとは考え難いが、身体の無意識レベルの緊張パターンを調べてみると、「自己犠牲」という負の因子が隠されている例も少なくはないようだ。
例えば、癌を宣告された患者さんや原因不明の難病を抱えている患者さんたちは、病気と「闘う」や病気に立ち向かって「頑張る」という言葉を用いることが多く、周りの人たちも、その患者さんに頑張ってねと励ますことが多い。
筆者自身も世間一般の人たちと同様に、病気と闘うことや病気を克服するために頑張るという言葉に対して何の違和感もなかった一人だった。
しかし、心身条件反射療法を深く研究するにつれて、「頑張る」とか、病気と「闘う」という「思考パターン」自体が、脳・神経系を緊張させ、自分自身の身体を攻撃する負のエネルギー源になることが見えてきた。
もちろん、全て人が、「頑張る」とういことに対して、身体が「緊張パターン」になっているわけではないが、「頑張らねば」という「~ねばならない」傾向の人に多いようだ。
そして、その頑張りの背景にある「自己犠牲」が緊張パターンになっているかどうかは、自分で判断するのは難しい。心身条件反射療法のような潜在意識レベルの身体の反応を分析する検査法でないと分かり難いだろう。
もしも、そのようなマイナスのパターンが分かると、心身条件反射療法では瞬時に脳・神経系のパターンを切り替えて、そのパターンに関連していた症状もその場で改善する。
「頑張ること」自体はとても大切なことである。しかし、その背景に潜在的な「自己犠牲」が存在したりすると、身体も「緊張パターン」になり、メンタル面も緊張して、心地よい豊かな発想ができなくなるので注意が必要であるということを伝えたい。
「頑張る」という言葉の意味自体の捉え方が、人それぞれに異なるので、一概には言えないが、「自己犠牲」が伴う頑張りは避けた方が賢明である。
常に自分のために頑張ることが大前提で、その自分ための頑張りが周りの人のためや会社や地域社会のためになれば素晴らしい。
もしも、犠牲として受け止めている頑張りがあるとすれば、犠牲でない受け止め方もあるはずである。犠牲にならない頑張りを工夫して、自分自身が自分らしく輝き、引いてはその輝きが周りの人を輝かせているということを想像してみよう。
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