「死」に対する緊張パターン
familychiro 8 月 23rd, 2008
「死」すなわち、命がなくなるということに対する恐れや不安は誰にでもあるだろう。人間は、いつかは死を迎えるわけだが、その「死」に対する受け止め方で、肉体が「緊張パターン」になっている人も少なくはない。
死に対する「緊張パターン」の多くは、死後、肉体が消滅するというのは受け入れられるが、精神、心、魂という目には見えないモノはどうなるのだろうということが、想像できずに不安になる場合が多いようである。
死後の精神世界は、受け止め方は人それぞれである。肉体も心もすべで消滅する、光になる、自然に同化するなどの漠然としたイメージでは、潜在意識のどこかで葛藤が生じるようで、身体は「リラックスパターン」には生り難いようだ。
「死」に関連する不安や恐怖を解消するための「リラックスパターン」になる思考パターンは、「輪廻転生」のような「循環型の死後のイメージ」で、「消滅型の死後のイメージ」では「リラックスパターン」になり難いようである。
しかしながら、それぞれの方の信条によっては、「輪廻転生」とうのは信じ難いという方もおられる。そのような強い信条のある方は、たとえ病気を治すための空想的なイメージでさえもできない場合がある。
そのような場合は、それ以上は押し付けになるので、本質的な施術は残念ながらできないことになる。極端な話、命の重さよりもその信条の方が重いという方である。
もっと柔軟に考えることができれば、もっと健康体になれるということを伝えたいところだが、それ以上は押し付けになるので、患者様が望まれるように柔軟に対応させていただいている。
最近、来院された「輪廻転生」に抵抗のある患者様に、その理由を尋ねてみると、4年ぐらい前に、霊感のある方に自分の前世をみてもらい、それ以来、「輪廻転生」を信じなくなったという。
霊能者がみてくれている内容は、ある程度のことが当たっていたので、透視能力を疑っていたわけではなく、過去に悪いことをしたから今がこのようになったといういわゆる「因果論」のことに抵抗を感じたらしい。
「因果論」的な説明は、それぞれの人や出来事によって、マイナスをプラスに転換させる思考に役立つかもしれないが、全く記憶にない前世の罪を償いなさいといわれてもピンと来ないのがほとんどだろうし、過去に~をしたから現在に~のようなマイナスのことが生じているということは、頭では理解していても、感覚的には理解し難いだろう。
また、宗教によっては、過去に~にした罪があるから、拝んで償いなさい、先祖供養しなさいなどと指導されるかもしれない。それを償って病気が治ったりすることもあるかもしれないが、過去を償う気持ちがあるのなら、目の前の人に思いやりや愛情を注いであげることのほうが、もっと大事なことかもしれない。
もっと深く言えば、前世の過去に何かを悪いことをしたとするならば、そのまた、原因があり、その原因の原因もまたあるわけで、因果論的に深く追求すればするほど、その因果の関係は永遠に繋がっているだろう。
そして、「輪廻転生」という概念で、前世→現世→来世という時系列を直線ではなく環で考えるとすれば、前世→現世→来世→前世→現世→来世と輪になってつながっているのではなかろうか?
前世があるから現世があるのなら、現世があるから前世もあるといえるだろうし、もしも、そうであるとするならば、前世のことに言及するよりも、今の目の前に生じている現世の関係性や未来の関係性をプラスにすることが、前世の罪の消滅にもつながるのではなかろうか。
「輪廻転生」とうい考え方を押し付けるつもりは毛頭ないが、傾向として、死後の世界の緊張パターンは、輪廻転生のイメージの方が、はるかに「リラックスパターン」になり易いようである。
誤解のないよう付け加えると、筆者は決して、前世や輪廻転生という仏教的な考え方に傾倒しているわけではない。ただ、仏教にはとても深い思想が含まれており、その思想を生活の中で役立たせていただいているつもり・・・・。
また、目には見えない様々なモノに活かされ、支えられていると心から思っているつもりで、天の神仏を敬い、先祖には深く感謝しようとして手を合わせているつもりだが、時には、神仏にお願いしてはいけないと理屈では分かっていても、弱い人間なのでどこかでお願いしているかもしれない。
目には見えない前世や来世のことも大切だが、もっと大切なのは目の前におこっている今(現世)の瞬間、瞬間を大切に生きることだろうし、目の前にいる人や物、環境を大切にできなければ、先祖供養を形式的に行っても単に自己満足で終わるだけになるかもしれない。
このようなデリケートな話は、できれば書きたくはないところだが、このような健康にかかわる本質的な原因を追及している人が他にはいないと思うので、あえて書かせていただくことにした。
だから、私の「死」に対する考え方を押し付けたりするつもりはなく、ただ、このような拙い話が、皆様の健康のための一助になれば幸いである。
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