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☆「責任」と「自由」 2008.7.8(火)
「責任」のある立場や仕事でストレスになる人は少なくはない。
その原因の思考パターンを調べてみると、「責任」=「犠牲」という錯覚が生じているケースが多い。
「だれがその責任と取るのですか?」、「あなたは責任を持てるのですか?」など、「責任」という言葉にはネガティブな印象を受けやすい。
しかし、「責任」という言葉の背景には、様々な深い意味が隠されているように感じる。親としての責任や会社や組織での責任など責任には様々な立場がある。
責任には義務や権利という言葉が絡んできやすいが、その責任の裏には「自由」という言葉も隠れている。
責任には自由がないかのように錯覚しがちだが、多くの場合、その責任を果たす立場を取るか取らないかは、自分の意志で自由に選択している。
このように「責任」と「自由」は表裏一体のような関係性があるようだ。
責任には、「自由な開放的な責任」と「不自由な閉鎖的な責任」があるように、自由にも「責任のある開放的な自由」と、「無責任な閉鎖的な自由」があるように思う。
人は、生きている間に様々な責任を果たす立場に立つだろう。
その時、その責任を「喜び」として受け止めるか、「犠牲」として受け止めるかは、その人次第であるが、その「責任」に対する解釈や受け止め方次第で、その人の人生に大きな違いがでるだろう。
「責任」の裏には自由があり、また、「責任=喜び」という受け止め方ができると、人生がもっと豊かになるのかもしれない。
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☆暗示効果 2008.7.2(水)
広辞苑では、暗示とは「(心)感覚・観念・意図などが、理性に訴えることなく無意識のうちに他人に伝達される現象」というように紹介されております。
一般的に「暗示」と言えば、催眠療法とか自己暗示などという言葉が思いつくのではないでしょうか?
バラエティー番組などで催眠術のショーを見たことがある人は、催眠術の暗示によって人の心がコントロールされるのではないかという誤解を招きやすいのではないでしょうか?
催眠によって他人に知られたくない秘密まであばかれるのではないかとか、無力に与えられた命令だけに従うようになるのではないかと考える人もいるが、催眠療法の第一人者であるクラズナー博士は、それは全くの誤解で、選択権は常にクライアント側にあって、知られたくない秘密を話すこともないし、行いたくない行動をとったりもしないというような説明をしております。
だから、催眠術ショーで催眠にかかった人が面白い行動を行うのは本人が同意できる暗示であって、もしも、「銀行強盗をせよ」などと言われたら絶対に従わないということです。参考文献:ヒプノセラピー A・M・クラズナー
催眠のような暗示効果が成立する背景には、意識(理性)と無意識(感性)の壁が崩れている状態が必要になります。つまり、理屈付けがなく感覚的に感じ、感覚的に行動するという結果を催眠効果、あるいは暗示効果といってもいいかもしれません。
「暗示」や「催眠」という用語は、まだまだ誤解を受けていますが、その意味を深く理解すると、私たちの日常生活の中でその効果が頻繁に使われているのがわかります。
例えば、実際には何もない机の上で、「そのレモンをナイフで二つに切ってみましょう。」という言葉をかけると、多くの人の口の中には唾液が分泌してくるはずです。
これも言葉による暗示効果です。
このように「言葉」という「情報」によって、様々な効果を引き出すことが可能になります。言葉によって人を健康や幸福に導くことが可能なように、言葉によって不健康にも不幸にも導かれることもあります。つまり、使い方によっては、「薬」にもなり「毒」にもなるということです。
このように言葉は、目には見えない情報なので、害はない、と思われがちですが、実際にはその言葉によって、多くの人が様々な影響を受けているのです。
心身条件反射療法では、マイナスの暗示による弊害をプラスの暗示へと転換させて、健康に導くことが容易にできます。
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☆錯覚 2008.7.1(火)
錯覚とは広辞苑では、「(心)知覚が刺激の客観的性質と一致しない現象。俗に、想い違い。」というように紹介されております。
心が刺激の客観的性質と一致しないということはどういうことでしょうか?簡単にいうと、「私達が見ている世界」と「現実」とが一致しないということいえるでしょう。
現実とは実在するそのもの状態のことですが、私達が見ている世界のほとんどが、それぞれの脳(知覚)のフィルターを通してみた世界であり、現実や真実には程遠いといっても過言ではりません。
そのように考えると、私達がこの世に生を受けて亡くなるまでの間、どれだけ多くの錯覚を生じさせているでしょうか?
そうです。私たちは錯覚を生じさせる潜在意識レベルの脳のフィルター(知覚)を通じて生きているのです。
そして、その錯覚によって不健康にもなり、人生の豊かさを欠くことにもつながっているのです。
だから、どうせ錯覚するのであれば、健康で豊かになるように錯覚した方が自分にとっても、その周りの人々にとっても幸せになりませんか?
心身条件反射療法は、そのマイナスの錯覚をプラスの錯覚へと導く施術法でもあります。
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☆痛覚と温度感覚の障害 2008.6.21(土)
約2年半より、右半身の痛覚と温度感覚異常を発症。
国立医療センターなどで精密な検査を受けているが、明確な原因は分からないとのこと。
心身条件反射療法で検査をすると、2年前や3年前のストレス反応がでた。
治療後に症状の変化がないかどうかを検査したが、あまり変化がないようだった。
一週間後の2回目の治療に来られた時、治療直後は変わらなかったが、その後だんだんと良くなってきたとのこと。
2回目の治療後に、とがった検査器具で圧を加えると、左右同じぐらいの感覚までに改善した。
温度感覚の検査は行わなかったが、中枢神経内経路が近い部位にあるので、改善されているだろうと察する。
西洋医学的には、温痛覚の神経経路上に腫瘍や空洞などの構造的な異常がないかどうかを検査して、目に見えるモノをターゲットに治療を行う。
しかし、このような症例結果からも分かるように、目に見える構造的なモノだけが原因ではない。
目には見えないストレスによる「緊張パターン」によっても神経系に様々な障害を引き起こすのである。
この患者様は、以前通院されていた弟さんのご紹介で来院されたので、改善される方向へと導かれたが、同じような症状を抱えて、このような治療法を知らずに困っている方はたくさんいるだろうと思う。
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☆ネガティブな心の方程式 2008.6.20(金)
比較的多くの人が、仕事=「きつい」、「義務」、「責任」などのイメージが条件づけされているようで、本格的な仕事の経験もない大学生や新卒社会人にその「錯覚」が多いようである。
仕事の経験もないのになぜ、仕事に対してマイナスのイメージがあるのかを尋ねてみると、お仕事で大変そうな父様の後ろ姿や、友人、知人から得た仕事に対するマイナス情報から影響を受けているようである。
一般的に「仕事だから頑張らないと・・・」、「仕事だから仕方がない・・・」、あるいは、お子さんに「お父さんは、お仕事だから我慢しなさい。」と、仕事が楽しみを奪う「敵」かのように錯覚させてしまうと、仕事=ネガティブの情報した脳にインプットされなくなり、「仕事」=「犠牲」のような錯覚をしてしまう。
心身条件反射療法(ニューロパターンセラピー)によって、様々な症状の原因を分析してみると、この種の「錯覚」による「緊張パターン」のプログラム化は少なくはない。
最近診た患者様の中でも、就職を控えた大学生や大学院生、あるいは資格試験を控えた学生などにその「錯覚」の傾向が多いようで、比較的に高い能力教育を受けている方が多く、それ故に能力的に様々な情報を収集して、無意識のうちの仕事に対するネガティブな方程式ができ上がっているように感じる。
そのような無意識的な仕事に対するネガティブな方程式を持ち続けると、資格試験に対しても無意識的なブレーキがかかって、自分の実力が発揮できないということにもつながるだろう。また、たとえ資格試験に合格しても、ネガティブな印象で就職すると、マイナスの結果を引き寄せかねない。
ネガティブな心の方程式は、時には自分の身を守ることに役立つかもしれないが、多くの場合、心に制限を加えて、自分らしさを失うことにつながるかもしれない。
心身条件反射療法では、このような「錯覚」によるネガティブな脳のプログラム化(心のブレーキ)を修正して、脳の柔軟性を強化する施術を行っている。
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☆AM公認セミナーin大阪 2008.6.16(月)
先週末、アクティベータのセミナーが大阪で開催された。
十数年前にも何度か大阪でアクティベータのセミナーを行わせていただいたことがあるが、本部公認のセミナーは今回が初めてとなる。
東京で行われた24時間マラソンのボランティア活動と日程が重なったために、3人のインストラクターが大阪セミナーを担当した。
全体的に開放感のあるいい感じのセミナーだったので、恐らく受講された先生方も、それぞれに気付きを得たのではないかと察する。
初めて参加される先生方も多いようだったが、一日目から二日目にかけての実技のパフォーマンスを見ていると、明らかに向上しているのが分かった。
また、前回から実技指導の仕方を改善したので、より充実して、楽しく実技指導ができるようになった感じがする。
身体で体感する実技に限らず、脳の学習には、リラックス感がとても大切である。
緊張して脳の柔軟性を失うと、吸収できる学習も吸収できなくなる。
緊張感が無さすぎるのもマイナスになるので、緊張感とリラックス感を織り交ぜた充実したセミナーになるように工夫できればと願う。
次回のセミナーがより充実したセミナーになるように工夫してみたい。
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☆心身条件反射療法(PCRT)を世界へ 2008.6.12(木)
昨日、心身条件反射療法事務局にニューヨーク在住の方からメールが入っていた。
PCRTとは何の略なのか、また、ニューヨークでPCRTのような治療を行っているところがないかどうかの問い合わせだった。
心身条件反射療法(PCRT)は、英語ではPsychosomatic Conditioned Reflex Therapyと名付けており、受講されている先生にはPCRTと呼ばれている。
心身条件反射療法は、私(保井志之)が創始者なので、まだ、日本でしかセミナーが行われていない。
心身条件反射療法を毎回受講されているプラチナ修了の先生のところで、PCRTの治療を受けたらしく、長年患っていた腰痛を、2回の治療でほぼ完全に治してもらったとのこと。
腰痛の方はほとんど問題ないが、他の問題で悩まれており、薬を頼らずに治したくて、ニューヨークでPCRTを探していたらしい。
同じような療法をされているドクターをご紹介できればと思うが、簡単にはいかない。
このような問い合わせがあると、もっと早く、PCRT(心身条件反射療法)、別名ニューロパターンセラピーをグローバルに広めていかなくてはならないという「メッセージ」が届けられているのではないかと感じる。
大げさなことを言うと、法螺(ほら)を吹いているようで少し抵抗があるが、法螺=夢=ビジョンと考えれば、勇気をもって、そのビジョンを描いて世界へ羽ばたくことが必要なのかもしれない。
世界中に肉体を修復してくれる病院という医療機関があるように、世界中に心と身体の関係性を診るPCRTの医療機関が当たり前のように存在するようになれば、どれほど多くの人々が心身共に豊かになれるだろうかと思う。
法螺を吹いているかのように聞こえるかもしれないが、毎日の臨床現場を通じて、「もっと多くの人にこの療法を広めてあげなさい」というメッセージが聞こえてくるような感じがする。
私自身、個人が目立つことはあまり好まない性格だと思っているが、もっと自分自身を表にアピールしていかなければ、この素晴らしい療法も世界には広がらないということが、最近になって見えてきた。(深層心理では目立ちたい自分がどこかにいるかもしれないが?)
心身条件反射療法を紹介し始めて、どのような治療法なのかはよく説明しているが、創始者が誰であるかの説明はほとんどしていない。だから、セミナーを受講されている先生方の中にも、私が創始者であることを知らない先生もいるようである。
今後は、この素晴らしい療法を多くの人に知っていただくために、この療法だけではなく、私自身が広告塔になっていかなくてはならないと感じる。しかし、自分自身が目立つのには、少しプレッシャーも感じる。(ドキドキ) |
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☆無意識レベルの習慣が、健康や人生を決定づける? 2008.6.4(水)
人の「感情パターン」や「行動パターン」、さらには「健康パターン」や「人生パターン」は、条件づけという刺激+反応の脳の学習から生じている。
このような学習のことを一般的には「習慣」といっているが、この繰り返される「習慣」こそが、人の健康や人生の豊かさを決定付けているといっても過言ではない。
「習慣」には意識的に作り出される習慣と無意識的に作り出される習慣とがある。
マイナスの「習慣」を変えるには、まずは、「意識レベル」から変えて、「無意識レベル」へと変化することが望まれる。
運動や習い事のように、最初は意識レベルの矯正から入って、繰り返しの行動パターンによって、脳に学習させる。そして、脳に新しい神経回路が構築されれば、運動や習い事は、無意識レベルでできるようになっている。
例えば、車の乗り方を習得する際、最初は、意識的にアクセルやブレーキを踏むことを意識するが、脳がその行動パターンを学習し、プログラム化されると、無意識的にアクセルを踏んだり、ブレーキを掛けたりできるようになる。
この無意識レベルの行動パターンこそが、健康や人生に多大な影響を及ぼしているのである。
意識的に習慣を変えるには、理性的に考えて習慣を変えていくが、無意識的な習慣は、感性的に感じてその習慣を変えていくことが必要になる。
無意識レベルの習慣を変えるには、まずは、理性による知識の追求には限界があるということを知ることから始まるのかもしれない。
理屈を超えた、感性的な感覚やひらめき、直観こそが、我々の可能性を最大限に引き出してくれるのかも知れない。
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☆大人も甘えたい! 2008.6.3(火)
「大人も甘えたいんですよ!」というアドバイスがとても腑に落ちたようで、継続していた「緊張パターン」が解放され喜んでいただいた。
以前から、週末になると、ご主人が、家でゴロゴロしているらしい。その姿を毎週見るのがストレスになるとのこと。
毎回、「緊張パターン」が戻るので、もう少し深く理由をお伺いすると、ゴロゴロしたついでに「お腹が空いた」とご主人がよくいわれるらしい。お腹が空いたといわれると、何か作ってあげなければならならず、そのことが、少し億劫になって「緊張パターン」の原因になっていたようだ。
「ご主人は普段、わがまま言ったりしますか?」と尋ねると、「いいえ、わがまま言ったりしないですね」という。
「それでは、週末は、奥さんに甘えたいのではないですか?」「まじめに仕事をしている人ほど、大人であっても家では甘えたい人は潜在的に多いようですよ!」
という言葉に、何か腑に落ちたようで、それ以来、その「緊張パターン」は示されなくなった。
男性であれ、女性であれ、たとえ真面目な大人であっても、わがままを言ったり、甘えたりすることが自然であるということを理解してあげることは、ご自分のパートナーをバランス良く受け止める上で大切なようだ。
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☆「信じること」と「脳の柔軟性」 2008.6.2(月)
時折、患者様の中で、強い信念や確信に対して、「緊張パターン」を示す方がおられる。「~ねばならない」や「~すべき」などの「べき論」が先行している状態である。
ご自分のマイナスの本能をコントロールするために、理性的に「~すべき」という考え方もとても大切である。
しかし、その信念的な理性から生じる考え方の「波長」が、感性的(本能)な考え方の「波長」とぶつかりあっている状態であれば、脳は柔軟性を失い、閉鎖的になりがちになる。
すると、その矛盾は、身体に過敏反応を生じさせて、健康を害する原因となったり、人間関係や人生においてもマイナスの影響を与えるかもしれない。
信念や確信の「信」には、大きく分けて、理性的な「信」と感性的な「信」がある。
理性的な「信」とは、人や本などから得た教義や思想、学問、教えなどによる理屈的な「信」になるだろう。
感性的な「信」とは、理性的な知識によるものではなく、「根拠はないが信じられる」、「理屈ではなく直観的に信じる」など、感覚的、本能的な「信」である。
恐らく成功者の多くは、自分自身に対して、この感性的な「信」から夢を語り、その「信」に導かれるように成功への階段を昇っていったのではなかろうか?
多くの成功者がまだ普通の人だった段階で、その夢を聞いた周りの人の多くは、「法螺」を吹いているのではないかと受け止めていたかもしれない。
しかし、本人は、何の根拠もなくその夢やビジョンを信じて突き進んだに違いない。
もしも、この「信」が理屈的な信であれば、夢に到達できない様々な理性的理由を考えて、「~すべき」的な夢に終わっていたかもしれない。
「~すべき」的な「「信」には、自己犠牲が入りやすいので、潜在的な心のブレーキがかかりやすいだろう。
豊かな人生を送る上で、「何を信じて生きていくのか」というテーマは、深く考えれば考えるほど難しいテーマになるかもしれない。
仏教の教えの中に、「法に依って、人に依らざれ」という言葉がある。
人間は不完全であるということは、頭で分かっていても、人は人に影響を受けやすい。
例えば、数千年前から、教え伝えられている普遍的な「教え」や「教義」があるが、同じ教えでも、それを語る人の脳のフィルターを通ると、その解釈は、多少なりとも歪が生じているものである。
また、その教えを受け取る側の脳のフィルターを通過する際にも、多少なりとも歪みが生じており、100%の教えの内容をそのまま発信して、100%完璧に受信することは不可能だろう。
教えの内容にもよるだろうが、奥の深い内容であればあればあるほど、その歪は生じやすくなる。
その不完全な内容を理性的に確信していると錯覚すると、脳は柔軟性を失い、身体的にも精神的にも様々な弊害が出やすくなる。
大切な教えを伝えてくれる人を信じることも大切だが、その人が語る言語概念的な言葉よりも、その言葉の奥にある教えの根拠やその人の無意識的な言葉や行動を通じて感性的に学ぶことの方がもっと大切なのかもしれない。
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☆第12回心身条件反射療法セミナーとチャリティー治療 2008.5.28(水)
先日、心身条件反射療法(PCRT)のセミナーが、東京の日赤会館で開催された。
今回のセミナーのテーマは、「シンプルに分かりやすく楽しく喜んで最高の効果を引き出す」ということで、そのテーマに沿ったとても有意義なセミナーだった。
PCRTのセミナーも今年で4年目となり、様々な角度から研究が積み重ねられて、随分と進化した。
最初から毎回参加されている先生方は、その進化していく内容に、期待を膨らませてくれている様子。
初めて参加された先生方は、半数近くいたようだが、それぞれの先生方が、初日から二日目にかけて、変化していく様子が伺えた。
今回のセミナーでは、中国大地震の救援金を募るため、チャリティー治療の参加と募金箱を設置させていただいた。チャリティー治療では、受講回数の多い先生方にも治療のご協力をいただき、合計で、51,105円の寄付金が集められた。
ご協力いただいた、受講者の方々には深く感謝したい。
このチャリティー治療と募金活動、さらにはセミナーの収益金の一部を足して、日本赤十字社を通じて寄付させていただく。
チャリティー治療ということもあって、ほとんどの先生方が、PCRTの治療を体験していただいたようだ。
特に症状がない先生方は、治療院でのご自分の「緊張パターン」を検査して、「リラックスパターン」に切り替える施術を行ってもらった。
職場での無意識レベルの緊張パターンは、ご自分の健康のみならず、経営面にも影響及ぼすので、「リラックスパターン」に切り替えることはとても大切である。
治療院でいくら最新の効果のある治療技術を取得しても、ご本人が、明るく、楽しく、活き活きとしていなければ、患者様は集まらないし、患者様をプラスへと導くことは困難である。
今回のセミナーでは、ほとんどの受講者の方が、「リラックスパターン」に切り替えられたと思うので、何らかのプラスの変化があることが期待できる。
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☆子供の施術 2008.5.12(月)
先週の土曜日は、子供の来院が多く賑やかだった。34名中、幼児が4名、小学生が5名で、付き添いに来ていた子供たちも含めて待合室が随分賑やかだった。
待合室にNintendoのWiを置いているということもあって、子供達がはしゃいでいた。
他の患者様にご迷惑をかけたかもしれないが、子供好きな人にとっては、子供の声は心地のよいはしゃぎ声だったかもしれない。
我々も、子供さんたちが治療に来て下さるのはとても嬉しい。
長く、通院して下っているお子さんは、お腹にいる時から診させていただいているので、その成長ぶりの早さに感動すると同時に、その成長過程を診させていただけることがとても嬉しい。
通常は、お子さんの身体的な問題がある時は、かかりつけの病院や医院を尋ねるというのが一般的であるが、ファミリーカイロのことを知っているご家族にとっては、ファミリーカイロがかかりつけの治療院になっている。
病院の検査治療も大切だが、病院では分からない本質的な原因を特定できる治療院をもっと全国に増やして、多くの子供たちに喜んでもらえればと願う。
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☆「自己を知る」 2008.5.10(土)
人生を豊かに生きていくために、「自己を知る」ということはとても大切な意味をもつ。
人はどのようにして、自己を知っていくのだろか?
「自己を知る」ということを分かりやすく言えば、「自分の本音を知る」という言い方もできるだろう。
一般的に、自分の本音は自分で分かっているつもりになっている人が多いと思うが、案外、自分の本音は、自分では分からないモノである。分かっている本音もあるが、分からない本音の方が、はるかに多いはずである。
自分で自分のことが分からないがゆえに、「自我と自己」、「意識と無意識」、「理性と感性」が反発しあい、病的にもなりやすく、人生の豊かさも失いやすくなるといっても過言ではないだろう。
だから、人間は、生理的欲求や社会的な欲求が満たされたとき、自己実現や自己創造という「自己を知る」という欲求を満たそうとするのかもしれない。
ある人は、学問を究めて自己を知っていくのかもしれない。
ある人は、逆境に立たされたときに初めて、自分の行動や心の内面を省みて、自己を知っていくのかもしれない。
前者は理性的に知り、後者は感性的に知っていくのだろう。
どちらが良いとか悪いとかではなく、両者がDNAの二重螺旋構造のように調和がとれて高められていくことが必要だろう。
心身条件反射療法では、ご自分では認識し難い感性面の自己を知るお手伝いができる。
自分では気づけない自分の内面的側面を知ることで、自己実現、自己創造への道が開けてくる。
身体を通じて、自己実現のための多くの「気づき」を得ていただきたい。
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☆ストレス(刺激)がないのがストレス 2008.5.7(水)
一般的に、ストレスとは、ハードな仕事、肉体的負担、人間関係などを想像しがちですが、何もすることとがない、やりがいがない、生きがいがない、単調、マンネリなど、刺激的でないことが、ストレスになって心身に影響を及ぼしている人も少なくはない。
特に、豊かな先進国では、そのようなストレスが、心身に影響しやすく、先進国でうつ病が増加している一つの要因になっているだろう。
そのような患者さんの場合、ほとんどのケースでストレスとして認識していないので、まずは、そのような刺激のない生活がストレスになっているということを自覚してもらうことから始める。
このような目は見えないストレスは、対象となる出来事や人物が目の前にいるわけではないので、認識するのが難しいので、繰り返しの施術が必要になる。
現在、通院される患者様の中にも、症状は異なるが、生活の中で刺激がないことがストレスになっている方がおられる。
そのような患者様は、そのようなストレスを施術によって、徐々に認識していただくことで症状も改善されていく。
毎日の生活の中で、「これといって、何もすることがない」、「やりがいや生きがいが感じられない」という自分を認識することだけで、何も変わらないのではないかと思うかもしれないが、そこに問題意識を持つと、脳はアンテナを立て、その問題を解決するための情報を意識的にも無意識的にも集めるようになるだろう。
そして、結果的に、そのような現実を引き寄せ、充実した日々を送る習慣が身について来るだろう。
退屈な生活を生じさせる原因として、先進国の豊かさも関係していると思われるが、恐らく、毎日、忙しい生活をしてきた人は、意識的にも無意識的にも、ストレスのない楽な生活を想像してきたのかもしれない。そして、その強い潜在的なイメージは、その現実を引き寄せたということも考えられる。
しかし、人間は、そのようなストレスのない生活には耐えがたい生き物なので、ストレスがないことがストレスになって、心身に障害を生じさせる。
つまり、人間は、ストレスを受けながら成長し、生きがいを感じ、様々なストレスに適応しながら、生かされているのである。病的なストレスを受けすぎると、心身が病んでくるが、適度なストレスは、自己創造や自己実現のための必須条件だともいえるだろう。
心身条件反射療法は、単にストレスを開放させて、症状を改善させるだけでなく、ストレス反応を通じて、その因果関係に気付いていただき、自己創造や自己実現にも利用していただいている。
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☆テレビ局からの依頼 2008.4.29(火)
先日、『21世紀エジソン』という関東地区のローカル番組のテレビ局の方から電話があり、私が以前ブログで主張している「物忘れはストレスのよって起こる」という内容を紹介させてほしいとの依頼があった。
他にも『物忘れは脳細胞の減少によって起こる』、『物忘れは現代社会の情報過多によって起こる』という説を紹介して、『諸説』の中にこそ埋もれているであろう、『真の雑学』を発掘する知的バラエティ番組らしい。
今日、4月29日の深夜に関東地区で放映されるということ。どのように紹介されるのか分からないが、本質的な因果関係が少しでも世間に啓蒙され、物忘れ、健忘症、認知症などの予防へとつながることを望みたい。
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☆「喜び」は最高の薬であり栄養素である 2008.4.28(月)
心身条件反射療法では、「緊張パターン」から「リラックスパターンに」切り替えるために、プラスのイメージをしていただく。
人それぞれにプラスのイメージは様々であるが、「~すべき」「~しなければならない」というように、犠牲的である場合も少なくはない。
その場合のプラスは身体が緊張パターンを起こすので、自虐的になりかねない。
「~すべき」「~しなければならない」はあってもいいが、そこには心からの喜びがないと、脳はそこへ行くのにブレーキをかけてしまう。
マザーテレサやネルソンマンデラ等の偉大な指導者は、一見、犠牲的な活動をされてきたかのように見えるが、喜んで活動されてきたはずだ。
もしも、彼らが犠牲的になっているのであれば、身体に様々な症状を引き起こして、生命を短縮することになるだろし、活動へのエネルギーは半減していただろう。長い人生において、犠牲に感じることもあるかもしれないし、犠牲にならなければならないこともあるかもしれないが、根底には「喜び」がないと長続きはしない。世のため人ための活動も、まずは自分自身が心から喜んではじめて達成できるものである。
「喜び」は最高の薬でもあり、最高の栄養素でもある。
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☆家族の絆 2008.4.2(水)
最初は、小学生の息子さんの姿勢が悪いということで、以前通院されていたカイロプラクティックの先生のご紹介で来院された。
来院される前に、ファミリーカイロのHPを見て来院されたとのことだったが、内容を読まれて、お父様が不信感を抱かれたらしい。よって、ファミリーカイロに来院されることを好ましく思われていないということも率直に話していただいた。
なぜ、不信感を抱くかというと、お父様が目に見えない世界を語るスピリチュアル系や占い系のお話に過敏になられているとのことだった。
目に見えない世界に不信感を抱く方の心情にもできるだけ配慮させていただきますとのことで施術を受けていただくことになった。
また、カイロプラクティックの先生のご紹介ということなので、できるだけその先生の治療方針に沿うように施術を進めさせていただいた。
最初は、特にメンタル面との関係性を強調せずに、肉体面のバランス調整を主な目的として、施術を進めさせていただいた。そして、治療前の治療後の姿勢の変化にも納得していただき、治療を継続していただくようになった。
施術を継続していくうちに、徐々にファミリーカイロの本質的な治療方針を理解していただき、姿勢の問題だけでなく、その原因となるメンタル面との関係性や食物アレルギーや湿疹などの施術もさせていただき、本質的な施術目的へと理解を深めていただいた。息子さんの施術と並行して、お姉さんも突発性難聴で悩まれているとのことで、お姉さんの施術もさせていただいた。
さらにお母さまも肩関節の痛みが強いとのことで施術をさせていただき、症状が改善されて喜んでいただいた。
最初はファミリーカイロへの通院を好ましく思われていなかったお父様が、ファミリーカイロでの施術を好意的に思って下さっているとのこと。また、ファミリーカイロでの色々な気付きによって、ご家族の間で、深くお話合いができる機会を与えられているということに対しても感謝して下さっているというご報告もいただいた。
とてもうれしいご報告だった。
ファミリーカイロで反応を示された「緊張パターン」の内容を、毎回、ご家族で、その内容について真剣に話されているという。
体の症状を改善されるために来院されているのであるが、その原因に気付かれていくことで、ご家族の絆がより一層深まっている様子が伺えて、そのご家族がさらに暖かくなっていくのを感じる。
症状があることでご家族の絆が深まるというのは、皮肉なことかもしれないが、症状の本質的な原因に気付かれることによって、症状改善よりももっと素晴らしい「学び」をご家族で共有されているように感じる。
そのご家族の絆はとても美しい。
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☆症状のぶり返しの本質的原因 2008.3.7(金)
先日、気胸手術の施術で、かない回復した患者さんが、数日後に、また、症状がぶり返したとのこと。
原因を調べてみると、術後の気持ちの悪い内容を、社内のミーティングでスタッフに話したとのことで、そのミーティングで、その条件づけが再現されたという反応がでていた。その話をした時、それを聞いたスタッフの一人が「気持が悪くなった」と言っていたらしい。
また、心身ともにとても調子が良かったのになぜ、自分はこんな病気になったのかが、納得できないというストレスも絡んでいた。
気胸になった原因を調べるために、気胸になる前のご自身の心境や当時の自分自身をイメージングしてもらった。
すると、ストレス反応が出る。通常、心身ともに健康体であれば、筋緊張による足長差や筋抵抗力は正常に反応を示すが、当時のイメージングをすると異常反応を示す。
これは、顕在意識(理性)と潜在意識(感性)が反発し合っているのである。
「気胸になる前は、どんな感じでしたか?」と尋ねてみると、
「いや、絶好調で、ようやく理想の自分に達したかという満足感がありました」という。すなわち理性ではそう感じていたのだろう。
保井、「では、理想の自分の達した後、その後のさらなる理想の自分をイメージして下さい。」
そのイメージングで検査をしてみると、やはり、身体はストレス反応を示す。
保井、「その時のご自分は、心から喜んでいますか?ワクワクしていますか?」
患者さん、「いや、喜んでないですね。」
保井、「何か、義務感のような感じがありますか?」
患者さん、「そうですね。やらなければならない。という感じですね」
保井、「やはり、ご自分が心から喜んでいないと、身体を犠牲にすることにもなりかねないですよ。」
「さっきの義務的なイメージングから、今度は、ご自身が心から喜んで、周りのスタッフや家族が喜んでいる光景をイメージしてみますか?」
すると、ストレス反応は消失し、施術によって症状も改善された。
一般的に「燃え尽き症候群」といって、何の不自由もなく、生活も豊かで、こころも充実しているつもりでも、何か潜在的なストレスがあると、身体にその反応が生じる。
そのような症状や病気は、一般的には原因不明として認識されるが、必ず原因があっての結果であると考えた方が賢明である。
このような原因を明確にするには、機械論を基盤にした最新の科学的検査では難しいだろう。
しかし、心身条件反射療法のような、身体を検査器具に使った心身的アプローチでは、その因果関係が明確になる。
まだまだ、このような検査、治療価値を分かってくれる人は少数だが、きっとその価値が世の中に広まる時が来る。
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☆新しい施術法の発見にワクワク 2008.1.12(土)
今年からまた、新しい施術法を実践している。効果もとても素晴らしいので、患者さんは驚いてくれる。
メンテナンス的に通院してくれている患者さんも、いつも新しい施術法に感動しれるが、今回の感動も大きいようだ。
今日、来院された新患さんも施術前と後の変化にとても驚き、喜んでくださった。3歳のお子さんを育てているお母さんで、出産後に身体を後ろに反るのも怖くなり、以前はヨガやジムで運動していたが、今は身体を動かすのが怖くて行けないとのことだったが、施術後はほとんどスムーズに動くようになり、今からジムに行けそうだとワクワクされていた。
今回の施術法は、ニューロパターンセラピーに入る前に、私以外のスタッフができることはないかと研究して考案し始めたのだが、その効果があまりにも良く、患者さんもとても喜んでくれている。
この施術法を次回のセミナーで紹介すれば、受講されている先生方は、目から鱗ぐらいの驚きがあるかもしれない。
ニューロパターンセラピーも、この新しい施術法に合わせて、とてもシンプルになってきた。効果のある施術法はたくさんあるが、こちらの施術法を押し付けるのではなく、患者さんのニーズに合わせて、うまく使い分けることが必要だろう。
アクティベータメソッド、ニューロパターンセラピーなど様々な施術法があるが、目指すところは同じである。
同じ山の頂上を目指すのに、様々な道がるのが自然だろう。
どれがベストとはいえない。もしもベストな施術法といえるのであれば、それはそれぞれの患者さんだろう。
この画期的な発見に満足せずに、謙虚に臨床研究を積み上げて、もっと価値ある効果的な施術法を創造していきたい。
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☆開放系によって、心から「感謝」 2008.1.6(日)
昨年の末、よく利用して下さっているクライアントさんから、さりげなく頂いた言葉が印象に残った。
「今年(昨年)はお陰さまで、数年来抱えていた様々なメンタルブロックが開放され、今まで関係してきた人に心から感謝ができるようになって良かった」と、年末のあいさつとして話してくれた。
ご自身も心理学関連の勉強をされているので、潜在意識レベルのメンタルブロックの開放が、いかにご自分の仕事関係、家族関係、友人関係などに多大な影響を及ぼすかということを実感されているとのこと。
実際に、自分自身の気づきの変化に伴って、周りの対人関係が良い方向へと変化しているのがよく分かるらしい。
もっと潜在意識の勉強をして、自由に自分の潜在意識を使いこなせるようになりたいと語られていた。
人生の成功、人生の不成功の基準は様々であるが、何事においても心から感謝でき、また、人に心から感謝されるかどうかが一つの目安になるのではなかろうか?
例えば、ある事業に成功して、莫大な財産を残したとしても、晩年、自分自身が生かされていることに感謝でき、また、人に感謝されるようになっていなければ、真の人生の成功者とは言えないのかもしれない。
個人の成功から組織の成功まで規模の大小は様々であるが、その成功が単に一時的なものであれば、誰もがそれぞれに成功を経験しているかもしれないが、継続的な成功は難しいのかもしれない。
人生の成功者とは、継続的に人や物、知識情報に感謝し、モノやお金に限らず、知恵や価値ある情報を人や環境に与え続けて貢献できる人のことかもしれない。
人生の法則として、お金や知識情報を自分や身内の者だけのために抱え込むと閉鎖系になり、一時期は成功するかもしれないが先々では崩壊するだろう。恐らくこのような人の周りには、感謝よりも不満の声の方が絶えないのかもしれない。
継続的な人生の成功者は、お金や知識情報を自分や身内だけのために使うのではなく、内から外に正しく循環させて常に開放系になっている人だろう。恐らくこのような人の集まるとこには感謝の声が絶えないのかもしれない。
なによりも人は「与える」ことによって、人や環境に生かされているという原則を忘れてはならない。
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☆2008年の始まり 2008.1.4(金)
明けましておめでとうございます。
今年は、皆様にとってどのような価値ある「気づき」を得ることができるでしょうか?
身体から発している症状を通じて、心と身体の関係、対人関係、あるいは人生における大切な「関係性」に気づかれるかもしれません。
無意識レベルの身体反応を通じて、なぜ症状が生じたかのカラクリを知り、病気の本質的な予防に気づかれるかもしれません。
無意識レベルの身体反応を通じて、本来の自分を知り、自分自身の潜在的な可能性や豊かさに気づかれるかもしれません。
その豊かさを人や社会に与え続けることで、様々な場面でご自分が生かされていることに気づかれるかもしれません。
たとえマイナスの自分に気づかれたとしても、その気づきの裏に大きなプラスの気づきが隠されていることに気づかれるかもしれません。
否定的な事柄に、実は肯定的な意図や意味が隠されていたということに気づかれるかもしれません。
様々な「決め付け」「思い込み」などの固定観念を開放させることで、脳の柔軟性が増し、人や社会に対する適応力が強化され、心もからだも豊かになり、「感謝」の気持ちが湧き上がってくることに気づかれるかもしれません。
様々な気づきによって、大切な人を引き寄せたり、大切な人に引き寄せられたりするかもしれません。
そして、今年は、さらに明るく、健やかで、充実した実りのある豊かな年になっていることに気づかれるかもしれません。
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☆揺らぎのパターン 2007.12.26(水)
メンテナンス的に通院されている経営者の方が、ご自身の根底にあったマイナスの思考パターンに気づくことができて、身体も、気持もとても楽になったと喜びのご報告をしていただいた。
例えば、人間関係で最初はいい人だと思ってお付き合いしていると、相手のマイナス面が目について、最初に受けた好印象から悪い印象へと変わってしまい、そのことがストレスパターンとなることが多いという。
また、その逆で一度好印象から良くない印象に変化して、その人とは良くない関係の人だと決めつけてしまうと、その人の態度が急に好印象に変わり、相手から良い関係になろうとする意図が伺えると、何か自分の中から違和感が生じてくるという。
その根底となるストレスパターンを調べてみると、人間関係が一度悪くなるともう二度と良くならないという決め付けや固定観念があったらしい。
また、良い人間関係は永遠に続くもの、すなわち、最初の好印象が永遠に続くという錯覚があったらしい。
様々な人間関係において、最初の印象とは異なるということは多々あることである。
最初は好印象だったが、お付き合いを重ねていくうちに、マイナス面が目につくようになり最初よりはあまり良くない印象に代わることもある。
一方、最初は良くない印象だったが、だんだんとプラス面が見えてきて、好印象に代わることもあるだろう。
人は往々にして、決めつけることが好きな生き物である。
あの人は・・・のような考えを持った人だ。この人は・・・のようなことをする人だ。と意識レベルでも無意識レベルでも人に対して様々なレッテルを貼ってしまう傾向にある。
そして、一度、レッテルを貼ってしまうと、そのレッテルを剥がすのに一苦労するだろう。
このような人に対するレッテル貼り、決め付けは、良い人間関係を営む上で好ましくない。
たとえ人間関係が一時期悪かったとしても、時期が来ればよくなることもあるし、その時期が数か月のこともあれば、数年から数十年かかることもあるかもしれない。
このように人間関係も自然の法則のように揺らぎがあるのが自然体であり、そのような受け止め方、心構えを持っていた方が、健全な人間関係が構築できるだろう。
人間関係とは表面的に優しくしたり、されたりすることだけが良い関係とは限らない。時には厳しく叱ったり、意見することも必要かもしれない。大切なのはその裏に、相手に対する愛情があるかどうかだろう。
愛情のない建前的な優しい態度をすることは簡単だが、相手のためを思って本音で厳しい意見をするときは、相手へのよほどの愛情がなければできない。
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☆「足るを知る」 2007.12.18(火)
喉の痛みの原因を分析してみると、自分が職場で優先されていないというメンタルブロックの反応が出ていた。しかし、よくよく考えてみると、自分の境遇はとても恵まれているということが分かる。
でも、一つの事柄が当たり前になると、その境遇に対する感謝が薄れ、足りないところばかり見て、自分はなんて恵まれていないのだろうと不満が生じてくるらしい。
恐らくそのようなパターンは、どのような恵まれた境遇であっても、その境遇に慣れ当たり前になってしまうと、また、他人と比べて次の恵まれた境遇を追い求めて、永遠に満足できずに不満の生涯を終える可能性が生じてくる。
「足るを知る」という教えがあるが、人間はついつい周囲の人と比べて、自分の境遇と周りの境遇を比べてしまい、足りていないところばかりに目を向けてしまいがちになる。
コップ半分の水が、「半分も入っている」と感謝するのと、「半分しか入ってない」と悲観するのとの違いである。
足りないところではなく、満たされているところに目を向けるクセをつけると、人は幸せに感じやすいのだが、ついつい足りないところばかりに目を向けるクセが優先して、何事に対しても不幸に感じ悲劇の主人公パターンに陥りやすくなる。
周囲の人や社会から「得る」る恩恵は、足るを知るという習慣が良いが、逆に周囲の人や社会に対して「与える」ということに対しては、足るを知るではなく、まだまだ足りていないという思いがないと、真の幸福のパターンにはならないだろう。
「得続けること」で幸福が得られるのではなく、「与え続ける」ことで真の幸福が得られるのだということを忘れないようにしなければならない。
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☆仕事や休日、余暇を分けることによるストレスパターン 2007.10.29(月)
様々なストレスパターンを分析していると、仕事以外のプライベート的な休日や余暇時間でストレス反応を示すクライアントさんも少なくはない。
一般的に仕事は仕事、休日は休日、あるいは、余暇は余暇というように、分けて考える傾向にある。 【仕事】といえば、義務、犠牲、拘束、自由がない、肉体的、精神的に負担を掛けるなどのイメージが浮かんでくるかもしれない。一方【休日】といえば、自由、遊び、楽しい、ゆっくり、のんびり、肉体や精神を休めるなどのイメージが浮かんでくるだろう。
仕事以外の時間帯でストレス反応を示すクライアントさんのストレスパターンの原因を分析してみると、上記のように、仕事は義務、犠牲、休日は自由、心身を休めるなどと決めつけて、脳の柔軟性を低下させて緊張パターンを繰り返しているケースも少なくはない。
「決め付け」という固定概念が生じると、脳は柔軟性を失い、想定外の環境に過敏になりやすくなる。 例えば、楽しいはずの休日が楽しくなければストレスになるだろうし、肉体や精神を固定観念的に休めようとすると、逆に緊張を引き起こすだろう。 休日に関してのストレスパターンもクライアントさんによって様々ではあるが、基本的には仕事と休日を分けることによる分離的思考が背景にある。
仕事は、義務や犠牲という「・・・なければならない。」「・・・べきである。」という印象が強いが、仕事に対する受け止め方、捉え方次第で、仕事をゲーム感覚、遊び感覚で楽しく受け止めることもできるだろう。自主的に何かをするというモチベーションがあれば、仕事と休日の境目もなくなるだろう。
休日は自分の大切な時間といっても、案外大して自分のためになることをしている人は少なく、そんな自分に嫌悪感や罪悪感を潜在的に感じてストレスになる人も少なくはないようだ。
世間一般では、仕事は義務、犠牲という印象だが、その固定観念を捨てて、「仕事は遊び、あるいは趣味」というように、自分の思考パターンを大きくパラダイムシフトすれば、新たな気づきを得て、ストレスはかなり軽減することができるかもしれない。 仕事の内容によっては、義務や犠牲に感じることがあるかもしれないが、それぞれの捉え方次第で、自分のための仕事として捉えることができるかもしれない。いや、そのように捉えることのできる柔軟性のある脳を本来は持ち備えているのだが、その脳を使っていないと考えたほうが良いだろう。
実際に脳の働きにはまだまだたくさんのゆとりがあり、その使われていない脳には無限の能力や可能性が秘められていると考えたほうが良いだろう。
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