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☆「自分には存在価値がないのではないか」というストレス
先日、「自分には存在価値がないのではないか」というストレスで、そのような感情が強くなると自殺願望へとつながるらしい。
もしも、戦争中の国であれば、如何に生き延びていくかという生存的願望の方が強くなり、自分に存在価値がないのではないかとういうストレスは生じにくくなるだろう。
現代の日本はとても平和であるが故に、自分が居ても居なくてもいいのではないのではないかという自己の存在価値に対するストレスが生じるのだろう。
極端な話、戦争中の国へ行けば、自分の存在価値に対するストレスはなくなるかも知れない。
戦争であろうが、平和であろうが、いつの時代でもその時代に見合うストレスが生じるものである。
では、そのようなストレスがストレスでなくなるためには、どのようにすれば良いのだろうか?
まずは、ストレスの元になっている「思考パターン」を明確に把握することである。
そして、思考パターンがワンパターンになっていれば、その思考パターンから別の思考パターン、すなわち脳・神経系を緊張させない思考パターンを探すことである。
病気を引き起こす思考パターンの多くには、無意識的な心の制限が掛かっている場合が多い。
その制限を開放させるには、現在の考え方を押さえ込んだり、否定したりするのでなく、それを包み込む新たな考え方を増やすことが有効だろう。
人それぞれに、それぞれの考え方があり、人の顔の形がそれぞれに異なるように、似たところはあるが、すべてにおいて同じ考え方を持っているということはありえない。
まずは、人それぞれに考え方が異なるという前提条件を踏まえて、新しい知恵の引き出しを作っていくことが大切になる。
昔から言い伝えられている中国古典や仏教哲学などは、とても深いプラスの思考内容が含まれている。
しかし、同じ言葉、文章でもその人の受け止め方次第で、解釈の意味が異なることも多々あるだろう。
思考パターンの分類にはマイナスやプラスに大きく分けられるが、別の分け方で分けると、一つ目は「思考パターンに無限の可能性を持つ(考え方を決め付けない)こと」と、二つ目は「思考パターンに制限を加える(ある考え方を決め付けてしまう)」とに分けられる。
どちらが、ストレスに対する適応力が高いかというと、前者の方で「考え方を決め付けない」方が、「決め付ける」方よりも適応力が高く、健康的でもある。
ある考え方を決め付けてしまい、その考え方の「抽象度」が高ければストレスになりにくいが、その考え方の「抽象度」が低ければ、融通が利かなくなってストレスになりやすくなる。
例えば、今回のクライアントさんのように、自分は存在価値がないのではないか?」すなわち「自分は何のために生きているのか?」というマイナスの思考パターンに対してのプラスの思考パターンを導く際、仏教哲学で説かれている「現世」での思考範囲では抽象度が低くなり、「過去世」→「現世」→「来世」というように抽象度を高くすると、もっと柔軟なプラスの思考パターンがでてくるだろう。
宗教的な思想を悪用する人がいるので、宗教的考え方に過敏になっている人も少なくはないと思われるが、そこにはとても深い知恵が隠されており、その知恵をご自分の人生の糧にするかどうかでは随分と豊かさが違うのではなかろうか?
プラスの思考パターンの参考として、仏教的哲学や中国古典などの考え方をご紹介させていただくこともがあるが、クライアントさんによっては、宗教的な考え方に過敏になられている人も少なくはないので、クライアントさんのためにとその考え方を紹介させてもらっても、相手にとっては考え方を押し付けているかのように受け止められることもあるので、その発言には気をつけなければならないと感じることもある。
「自分には存在価値がないのではないか」というマイナスの思考パターンを抱えていたクライアントさんに仏教哲学を背景にした考え方をご紹介させていただいた後、そのクライアントさんにとってはその考え方が腑に落ちたようで、その後は、そのようなマイナスの思考パターンのストレス反応は示さなくなっていた。
仏教や古典の専門家ではないので、あまりそのことに関して語る資格もないのかもしれないが、昔から言い伝えられている「古典的な考え方」には深さがあり幅がある、その深さや幅の広さが、脳を閉鎖系から開放系へと導いてくれるようだ。
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